法制審議会刑事法(マネー・ローンダリング罪の法定刑関係)部会①
2022.04.04|中井 克洋
1 今回の法制審議会部会の意味と概要
事務所の活動報告にも報告しましたが、1月24日、31日に開催された法制審議会-刑事法(マネー・ ローンダリング罪の法定刑関係)部会
https://www.moj.go.jp/shingi1/housei02_003013
法務省:法制審議会-刑事法(マネー・ローンダリング罪の法定刑関係)部会 (moj.go.jp)
に幹事として参加してきました。
2021年8月に公表されたFATF(Financial Action Task Force on Money Laundering:金融活動作業部会)の対日審査結果報告において、我が国のマネー・ ローンダリング罪(組織犯罪処罰法【以下、「組犯法」といいます】に定められています)の法定刑が低いという指摘を受けたことに対して、その法定刑を引き上げるべきか(必要性)、引き上げるとしてどの程度の引き上げが適切か(相当性)を議論して、その結果を法制審議会に答申するために設けられたのがこの部会です。
ちなみに警察庁犯罪収益移転防止室【JAFIC】の解説では、マネー・ ローンダリング(通称:マネロン)やFATFについて以下のように説明されています。
「マネー・ ローンダリングとは、一般に、犯罪によって得た収益を、その出所や真の所有者が分からないようにして、捜査機関等による収益の発見や検挙等を逃れようとする行為を言います。このような行為を放置すると、犯罪による収益が、将来の犯罪活動や犯罪組織の維持・強化に使用され、組織的な犯罪を助長するとともに、これが移転して事業活動に用いられることにより健全な経済活動に重大な悪影響を与えることから、国民生活の安全と平穏を確保するとともに、経済活動の健全な発展に寄与するため、マネー・ローンダリングを防止することが重要です。」
「FATFとは、マネー・ローンダリング対策における国際協調を推進するために、1989年のアルシュ・サミット経済宣言を受けて設立された政府間会合であり、2001年9月の米国同時多発テロ事件発生以降は、テロ資金供与に関する国際的な対策と協力の推進にも指導的役割を果たしています。FATFへの参加国・地域及び国際機関は、2021年11月末現在、OECD加盟国を中心に、以下の37か国・地域及び2つの国際機関です。」
もともと我が国では、直接被害者に被害を与える詐欺、窃盗、恐喝、強盗といった犯罪は法定刑も高く(懲役10年以下。強盗は5年以上)、摘発や科刑は諸外国に劣らず積極的にされてきたと思います。それらの被害者に直接被害を与える犯罪や違法薬物取引など、いわゆる汚れたお金(収益)を犯罪者にもたらす犯罪をマネロン罪においては「前提犯罪」といい、その収益のことを「犯罪収益」といいます。
ところで、前提犯罪により得た収益を隠す事後行為について、前提犯罪の犯人自身が行ってもことさらに前提犯罪とは別個の犯罪として罰せられないのが刑事法における伝統的な考え方でした。また第三者が事情を知って犯罪収益を受領したり、隠匿する行為を行えば盗品等譲受け罪となりましたが、前提犯罪の犯人ほどは厳しい摘発や科刑はされてこなかったように思われます。
しかし、米国やイタリア等マフィアなどの組織犯罪集団の活動が活発な国において、犯罪によって得られたお金が資金となって次の犯罪を生み出し、犯罪集団がどんどん大きくなっていくことに危機感が抱かれました。そしてそれらの国では、犯罪収益を利用して取引すること自体をマネロン罪として罰して、組織犯罪集団にお金が流れないようにする動きが広がりました。最初は違法薬物犯罪が前提犯罪の対象でしたが、次第にその他の犯罪も前提犯罪になっていきました。また、一国で規制されても他の国でマネロン行為が行われれば規制の効果がないので、国際的にマネロン対策を講じなければならないという考え方が広がっていきました。
その国際的な流れを受けて、我が国でも、1991年にまず初めて麻薬特例法により薬物犯罪を前提犯罪とするマネロン罪が規定され、その後、1999年に組犯法が制定されて、前提犯罪が窃盗や詐欺など一般の刑法犯に広げられました。さらにその後、外国との取り決めやFATFからの勧告などを受けて、組犯法は逐次、改正されてきたところです。
ちなみに、2017年制定のテロ等準備罪も、国際組織犯罪防止条約において、条約締結国は共謀罪(重大な犯罪を犯すことを合意することを罰するもの)か、参加罪(組織犯罪集団の犯罪活動に加わることを罰するもの)のいずれを整備しなければならないと取り決められていることをうけて、組犯法改正により成立したものです。
しかし、それでも2021年8月に公表されたFATF報告において、我が国はマネロン罪の法定刑が低く、摘発や没収の実績も不十分である、との指摘を受けて、今回の法制審議会部会において、法定刑の引き上げの必要性と相当性の議論がされることになったという次第です。
その議論の結果、部会では以下のような改正をすべきという結論になりました。
・犯罪収益等を収受する行為(単純に受け取る行為)
現行 3年以下の懲役 100万円以下の罰金
改正案 7年以下の懲役 300万円以下の罰金
・犯罪収益等を仮装、隠匿する行為(ことさらにどこにいったかわかりにくくする行為)
現行 5年以下の懲役 300万円以下の罰金
改正案 10年以下の懲役 500万円以下の罰金
・不法な収益等を使って法人等の事業経営の支配を目的とする行為(悪いことで得た財産を利用して取引行為などをするために、法人などを牛耳ることができるよう株主や役員になるなどの行為)
現行 5年以下の懲役 1000万円以下の罰金
改正案 10年以下の懲役 1000万円以下の罰金
以上