刺青、タトウーは医師法違反?
2017.08.25|甲斐野 正行
刺青というと、我が国では、暴力団などの反社会的組織
への帰属の象徴のようなイメージが強く、それに対する拒
否感もあって、温泉や浴場等では、刺青の方お断り、とさ
れるところが大多数かと思います。
ちなみに、刺青と入れ墨は同じ読みをさせますが、人に
よっては、前者は文化・芸術としてのもの、後者は刑罰と
してのものだとして、使い分けをするようです。
ただ、グローバル化してタトウーをした外国人がたくさ
ん入ってくると、文化によって刺青への認識が大きく異な
ること、外国では必ずしも忌避されていないことが我が国
で認知されてきました。
さらに、メディカル・アラート・タトウーといって、意
識喪失等で自身の身体情報や病歴を伝達できない場合に
備えて、持病やアレルギー等の異常を医療従事者等に迅速
に知らせる目的での、有意義なタトウーもあるところで
す。
そうしたこともあって、我が国の若い人たちの刺青やタ
トウーへの認識も変わってきつつあるように思います。
温泉等でも、営業的な観点から、外国人客を拒絶するこ
とは困難であり、刺青の方お断りの方針を転換したり、工
夫したりすることを余儀なくされているという報道もあ
ります。
そうしたなか、昨日(平成29年8月24日)の日本経
済新聞に、大阪地裁で現在公判中のある刑事事件の判決が
9月に言い渡されるということで、これをクローズアップ
した記事が掲載されました。
これは、医師免許のない彫り師が女性3名に刺青をした
ことが、医師法17条違反に当たるとして起訴されたもの
のようです。
医師法17条は、「医師でなければ、医業をなしてはな
らない」として、「医業」を医師に独占させており、これ
に違反する場合には、3年以下の懲役もしくは100万円
以下の罰金、又はこれらの併科という刑罰を用意していま
す(医師法31条1項1号)。
上記事件は、刺青を入れる彫り師の仕事が「医業」に当
たるとして起訴されたわけですが、刺青は「医業」なのか?
という疑問がわきます。
被告人側も刺青は「医業」ではないなど(その他に、刺
青は既に社会的に受け入れられた行為である、表現の自由
を侵害するなどの主張もしているようです)として無罪を
主張しています。
たしかに「医業」とは何かというと言葉の上では明確と
はいいにくいところです。判例上、「医業」とは、反復継
続の意思をもって「医行為」をなすことをいうとされてい
ますが、それでは「医行為」とは何かというと、これも曖
昧なところがあります。
誰しもが考える医療行為というと、患者の健康の保持促
進を目的とする、いわゆる治療行為でしょうが、治療行為
に限定すると、まさに刺青は治療行為ではありませんよ
ね。
実際に、昔は医行為をそのように限定して考えていた時
代もあったのですが、しかし、医学の進歩と共に、それで
は不都合な場合が出てきました。
医学の進歩により、皮膚や角膜、内臓の移植や、輸血、
美容整形などが技術的に可能となり、それ自体は喜ばしい
ことなのですが、移植のための、ドナーからの生体の摘出
行為や、輸血に協力するための採血、美容整形術等は、患
者の疾患の治療そのものではありませんから、本来的な治
療行為からはみ出すことになります。
しかし、その危険性からすると、これらは医行為でない
として、医師以外の者に自由に施術させるわけにはいきま
せん。また、これらを医師がすべき行為とすることで、そ
の分野の医学の発展も望めるのです。
そこで、こうした行為も「医行為」に含めるべきと考え
られるようになり、現在の通説的見解は、「医師の医学的
判断・技術をもってするのでなければ、人体に危害を及ぼ
すおそれのある一切の行為をいう」というものになりまし
た。
こうした流れで「医行為」の概念が膨らんできたことや、
医師法17条の目的(医師でない者が、医行為を行うこと
で人体に危害を及ぼすことを防止すること)からすると、
刺青も、医師の医学的判断・技術がないと人体に危害を及
ぼすおそれがあるか、という観点から判断されるのはやむ
を得ないことになり、そうした観点からは、針で皮膚を刺
し、色素を皮膚内に沈着させるという刺青行為は、菌感染
や色素に起因するアレルギー、更に繰り返し皮膚を傷つけ
ることそれ自体による皮膚の病変等の危険がある以上(実
際に発熱や痛みで苦しく、時間もかかるため、その筋の男
でも、軽い筋彫りにとどめたり、音を上げて途中で止めた
りすることも多いようです。)、医師の医学的判断や技術
を持たない者が行うことは人体に危害を及ぼすおそれの
ある行為と判断される可能性が高いと思われます。
厚労省も、「医師免許を有しない者による脱毛行為等の
取扱いについて」(平成13年11月8日医政医発105
号通知)、「針先に色素を付けながら皮膚の表面に墨等の
色素を入れる行為」につき医師免許を持たない者が業とし
て行うと医師法17条に反すると通知しています。
同様に針を使う施術である鍼術に関しては、医師ではあ
りませんが、国家資格としての「鍼灸師」制度を設けてい
ます(それにより医師法17条違反の問題をクリアしてい
るということ。ただし、鍼灸師が刺青を施術してよいとい
うことではない)から、これとの比較も根拠になるかと思
います。
彫り師が合法化されるとすれば、鍼灸師と同様、国家資
格による枠にはめられることが必要になるように思いま
すが、さすがにそれは刺青のアンダーグラウンドな側面を
愛好する方々には受け容れられないように思います。ライ
トな若者文化の中で生き残ることを選択するのでしょう
か?
ちなみに、やはり刺青と同様の施術であるアートメイク
については、平成2年に医師法17条違反で起訴されて懲
役1年の有罪判決が下された例があります。
冒頭で述べましたように、刺青・タトウーへの認識やこ
れを入れた人の取扱いをどうするかが近時改めて議論に
なっていますが、医師法17条の問題は、人体への危害の
防止の問題ですので、刺青への認識とはまた別の議論かと
思われます。
刺青の彫り師の医師法17条違反で正式起訴された事
件は前例がないそうで、当初は、自白して争わないことを
前提としての略式裁判だったのを、被告人がこれを拒絶し
て正式裁判を選択したということですので、弁護人は最高
裁まで行くつもりでしょう。
個人的には、現行法制下では合法というのは難しいよう
に思いますが、時代の流れの中でなにがしかの変化をもた
らすエポックとなる判断が出るでしょうか?
大阪地裁の判決は来月27日だそうですので、注目です。