法制審議会刑事法(マネー・ローンダリング罪の法定刑関係)部会③
2022.04.18|中井 克洋
3 マネロン対策と私たちの日常生活への影響
ところで、このマネロン対策というのは、暴力団などの組織犯罪集団、テロ組織などに犯罪やテロ行為につながる資金が流れないようにするための対策ですが、私たち一般市民生活にも実はけっこうな影響がでています。
例えば、銀行の窓口で口座を開設するときに、昔は申込書に名前と住所を書き込めばすぐに通帳をもらえていました。しかし今では何枚もの書類に記入するとともに、身分証明も慎重かつ厳格にされるので、通帳をすぐにもらえないという経験をされていませんでしょうか。
しかも同じ銀行で、A支店に口座をもっていながら、近所の別のB支店で通帳を作ろうとすると、どうして別の口座が必要なのかという理由もきかれて、さらにB支店でもらった通帳をよくみるとA支店発行との記載がされています。
要するに、口座について身分確認を厳格にし、また複数の口座をもっていても紐付けすることによって、口座が犯罪に利用されることを防ごうとしているのです。
このあたりの規制は組犯法ではなく、犯罪収益移転防止法(以下「犯収法」といいます)という法律によるものですが、「犯罪によって得た収益を、その出所や真の所有者が分からないようにして、捜査機関等による収益の発見や検挙等を逃れようとする」ことを防止しようというマネロン対策の意味をもっています。
4 口座の譲渡行為の問題
ところで、3のように厳格な手続で作った預金口座を正当な理由なく他人に譲渡することやその口座を譲り受けることは犯収法第28条で禁止されており、それを犯すと罰則(1年以下の懲役、100万円以下の罰金)が科せられます。
しかし、明るみに出たものだけでも毎年年間数百億円の被害を出している特殊詐欺において、口座を作った本人から他人に譲渡された口座(以下「譲渡口座」といいます)に対して、文字通り「振り込め」といってダマしてお金を振り込ませる手口がいまだに横行しています。特に還付金詐欺といって、公的機関などからお金が返ってくるといって、被害者をATMまで行かせて、携帯電話で指示しながらお金を振り込ませる手口などは、ほぼ100%譲渡口座が利用されています。
そして、その譲渡口座に振り込まれたお金はすぐにいわゆる「出し子」によって引き出されて、犯人たちの手元に移されたあげく、次の犯罪の資金になったり、犯人たちの贅沢な生活に費消されています。
前提犯罪の事後的行為であるマネロン罪について重視して、法定刑を引き上げて摘発や科刑、没収を強化することが組織犯罪対策として有効であれば、前提犯罪の準備行為である口座譲渡行為も同様の対策をしていくことも組織犯罪対策としてさらに有効な一打になるのではないか、と思われます。
犯罪防止の観点からみれば、還付金詐欺などの対策のためにATMの周りに警察の警戒を強化したり、銀行が人を配置したり、携帯電話が使えないようにするなどの方法が考えられていますが、そのような対策は予算や人的負担も大変ですし、それにみあう効果があるかも疑問です。むしろ、おおもとの口座譲渡について、マネロン行為と同様に厳しく対応していくようにすることのほうが有効だと思います。
また、当罰性(厳しく罰する必要性があるか)の観点からみれば、確かに口座が譲渡されるケースは、お金に困った人がヤミ金から口座を譲渡すればお金を貸してやるといわれて譲渡するような気の毒に思えるパターンも多いようです。しかし、本人たちはあまり罪の意識が高くないかもしれませんが、その口座が利用されて前提犯罪が行われて、多くの被害者を生むわけですから、やはり前提犯罪の事後的なマネロン行為を厳しく罰するべきというのであれば、前提犯罪の事前の準備行為である口座譲渡も厳しく罰せられるべきだと思います。
そして口座譲渡を行う人は、前提犯罪を行うような犯罪を繰り返す者たちと違って、いわゆるカタギの人たちですから、「口座譲渡を行えば厳しく罰せられて、大変なことになる」という意識が世の中に高まれば、口座譲渡行為が少なくなる可能性は十分にあると思います。
その意味で、今回の部会に参加した結果、私は、マネロン行為に対する厳罰化の次は、口座譲渡行為についても厳罰化していくべきではないか、と感じた次第です。
以上
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