悪質クレーム(不当要求)と民事不介入の原則 ④
2021.09.27|中井 克洋
3 悪質クレーム(不当要求)に対する警察対応のあり方
そうすると、テレビで報道されているような悪質クレーム(不当要求)事案については、報道されているとおりの事情だけを前提にすれば、店舗や病院の業務が威圧的な言動や強引な居座りにより妨害されているのですから威力業務妨害罪に該当しうるようにも思われますし、店長や院長が退去するように何回もいっても退去しないのですから不退去罪に該当するように思われます。そしてそれが現場にきた警察官の前でも続いているのですから、現行犯逮捕も可能のように思われます。
さらに実際に逮捕しないにしても、犯罪がまさに行われようとするのが認められるのですから、警察法2条に基づいて犯罪行為にならないように自制を求める言動をすることはもちろん、警職法5条に基づいて警告を発することもできるのではないでしょうか。さらに大声を出したり、長時間居座るということは、店舗や病院の運営という財産権、場合によっては店員や病院スタッフ、あるいは周りのお客や患者たちの生命、身体にも危険が及ぶ可能性があるようにも思われ、何度要求しても帰らないのであれば、危害発生防止のための緊急の必要性が高まっているように思われますので、警職法5条に基づいてその行為を制止することも許されたのではないか、と思われます。
この考え方を具体的なやりとりにおきかえると、例えば現場のコンビニにかけつけた警察官は、もしクレーマーから「私にはこの店から代金を返してもらえる権利があります。警察はそれを止めるのですか。」といわれたとしても、「いえ、私たちはあなたが代金を返してもらう権利があるかどうか、判断できる立場にありません。しかし、あなたのやっていることは業務妨害罪や不退去罪になりえますよ。」(警告)とか、警告をきかなければ「もうやめてこの場は帰りなさい。」(制止)という対応も可能ではなかったか、と思われます。さらに警告や制止もきかなければ、さすがに任意同行や抵抗すれば現行犯逮捕というやり方もありえるのではないでしょうか。
もちろん、報道ではデフォルメされたところだけとりあげられているかもしれませんし、現場にきた警察官もそのあたりの要件もじっくりと検討したうえでの判断かもしれません。そのため取材でとりあげられている警察の対応が間違っているなどと批判するつもりは毛頭ありません。
しかしもし現場の警察官たちが、悪質クレーム(不当要求)の現場に急行したときに、クレーマーから「この件は民事の問題だから、おまえたちが介入するのはおかしいだろう」といわれたときに、どうしてよいかすぐに判断できないようなことがあるとすれば、平成12年や平成23年の民暴大会で民暴委員会が警察に意見をききながら研究・検討して発表したことが現場に生かされていないことが残念です。
みかたをかえると、不当要求行為が行われているときに警察が現場に駆けつけてくれたにも関わらず、何もせずに帰った結果、むしろ不当要求者、悪質クレーマーに対してお墨付きを与えたかのようになってしまい、結局、強引な不当要求者にとって、法的手続によらずに自分の要求が実現されたということを意味し、かえって、警察が自力執行に協力したそしりさえ受ける危険があるように思います。
カスタマーハラスメント、悪質クレーム、不当要求への対策に関して、働き方改革法との関連で令和3年1月15日に厚労省より事業者のとるべき方策の指針が公示されました。
そこでは
・クレームを受けた人が組織に相談しやすい体制整備
・対応者(被害者)への配慮のための取組(メンタルヘルス不調への相談対応、一人で対応させない)
などの体制整備を事業者が要求されています。
このように悪質クレーム(不当要求)に対応する担当者の保護が重視されるようになった今、担当者に危害が加えられてから警察が対応するだけでなく、警察には現場で事前に担当者の心身に危害が加えられることを防止することもより一層求められるのではないでしょうか。
そのために、あらためて民事事案であっても、悪質クレーム(不当要求)の現場において、警察がどのようなケースでどこまでの介入ができるか、について本格的に検討し、速やかに実践すべき時代がきたのではないでしょうか。
以上