悪質クレーム(不当要求)と民事不介入の原則 ②
2021.09.13|中井 克洋
考えてみると、そもそも刑事事件においても、民事上の原因が動機ないしきっかけになっていることがほとんどで、民事が絡まないほうが少ないのではないでしょうか。財産上の理由、例えばお金を返さないことを発端とした殺傷事件や、貸したお金を払わせるために暴行や脅迫が行われることはよくありますし、さらに男女や家族の間での殺傷事件なども、相続や結婚、親権がらみの事件も多いと思います。このような財産や親族に関する問題は全て民事に関する問題です。それなのに、民事上の問題が原因になっているからといって、警察が刑事事件として立件できないとなると大変なことになります。
もともと平成12年の民暴大会以前から、民事的に権利があったとしても、その実現方法が社会通念上一般に許容される限度を超え、刑事事件に該当する場合には刑事処分できるということは確認されていたことでした(平成元年9月号月間警察: 田村正博先生「民事紛争と警察活動」36頁)。
同じ頃、商工ローン会社の社員による、漫画の主人公がいうことをまねたような「腎臓を売れ」「目玉も売れ」といって返済を迫る悪質な取立行為に対して、警察が恐喝罪で摘発をしていったことは当然のことでした。
しかし、仮に民事上の権利があっても悪質な行為が刑事事件の対象になりうることは悪質な金融業者に限らないはずです。
そのため、悪質クレーマーや不当要求者が自分の権利を実現しようとする場面においては、民事の問題が争いの原因になっているからといって、警察が対応できないわけではない、という考え方につながります。
この点、広島弁護士会民暴委員会では、「不当要求」とは、
①法的に認められない要求(但し、こちらが説明しても法的に認められない要求を続ける場合)
もしくは
②法的に認められるはずのものでも不相当な方法で行う要求
と定義しています。
カスタマーハラスメントという言葉を紹介したことで有名になった労働組合のUAゼンゼンの「悪質クレーム」の定義は
・要求内容、又は、要求態度が社会通念に照らして著しく不相当であるクレーム
としています。
このように不当要求と悪質クレームはほぼ同じ意味で使われています。
そこに共通しているのは、民事上の権利が仮にあったとしても要求方法が社会通念に照らして不相当なものは許されないのではないか、という考え方です。
私たちが何のために、不当要求や悪質クレームかどうかを区別するか、というと、警戒すべきクレームかどうかを判断して、警戒すべきクレームについては
・組織的に情報共有して、現場では複数で対応する
・危害を加えられないように準備する
などの対応策をとるためです。
しかし、社会通念に照らして不相当な場合というのは、不退去罪、業務妨害罪、強要罪、脅迫罪などの刑事犯罪に該当することも多く、前述の田村正博先生の論稿にあるように犯罪に該当すれば刑事処分ができるのです。
そして、実際に権利があったとしても要求方法が不相当であれば許されないのですから、ましてや、声の大きい人が一方的にむりやり要求するだけで、実際には権利があるかどうか不明な場合にその要求方法が不相当であれば、一層、許されないことはいうまでもありません。繰り返しになりますが、なぜ許されないかというと、権利の存否に争いがあるときには、法の定める適正手続つまり司法手続によって実現するのが法の支配のもとでのルールであり、権利の存否に争いがあるのに無理矢理実現することは法の支配が禁じる自力執行の実現、つまり法の支配の否定になるからです。上で述べた平成12年日弁連民暴大会はそのことを確認したのです。
そして広島弁護士会民暴委員会ではそのような問題意識からあらためて「民事不介入の原則」について研究し、平成23年11月4日に広島で開催された民暴大会において、暴力団や悪質業者の行為に限らず不当要求ないし悪質クレーム一般について警察が民事事件にどのように対応できるのかについてその検討結果を発表しました。そしてその成果を「民事不介入原則の超克~警察はどこまで支援できるか」という書籍として、金融財政事情研究会から出版してもらいました。
次回へ続く