配偶者は相続で夢を見るか~相続法改正作業
2017.07.13|甲斐野 正行
このタイトルは、F・K・ディックの「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」(ハリソン・フォードの映画「ブレードランナー」の原作)にちなんだものですが、最近は、原作どころか映画自体も知らない人が多いので、先にネタばれします。
昨日(平成29年7月12日)、「相続法制の見直しを検討している法制審議会(法相の諮問機関)の部会は、婚姻期間が20年以上の夫婦の場合、配偶者が生前や遺言で贈与を受けた住居は遺産分割の際の遺産に含めないなどとする案を取りまとめた」との報道がありました。(毎日新聞ウェブサイト https://mainichi.jp/articles/20170712/k00/00e/040/301000c)
これによると、8月上旬から約1カ月半の間、意見公募を実施し、年内にも要綱案を作成するそうです。
高齢社会が進み、家族の現実のあり方も、また、私たちの家族意識も変化しているところから、今の社会情勢に適した相続法制に改正しようという動きであり、その問題意識として、
①残された(高齢の)配偶者の居住の確保
②相続における実質的公平性・残された(高齢)配偶者の生活保障、をどう実現するか、があります。
相続は、被相続人の財産を一定範囲内の家族が受け継ぐ制度ですが、これは単なる棚からぼた餅ということではありません。被相続人の財産といっても、被相続人が一人で築き上げたとばかりはいえないものであり、配偶者や子どもたち家族の支えや貢献による部分も少なからずあるはずです。相続は、そうした家族の潜在的な貢献を現実化するという側面があります。また、貢献分の現実化というだけでなく、残された家族の生活保障という側面もあります。
相続でモデル的な家族では、残された配偶者が最も長く被相続人と生活して貢献しており、相続開始時点では高齢になっていて、将来的に自ら稼働して生活するのは難しい一方、子どもは通常成長して独立し自ら稼いで生活していることが想定されますので、現行の「相続法」では、相続人となる配偶者の法定相続分を多めに傾斜して定めています(2分の1)。
ただ、実際の夫婦は様々で、婚姻期間が長い夫婦がある一方、夫が老齢で若い妻と再婚したばかりの夫婦もあり、配偶者や子どもたちの財産形成への貢献度は様々で、後者の老齢での再婚夫婦の場合、先妻の子どもたちからみると、自分たちの貢献度の方が大きいと考えることも多いでしょう。
他方、離婚の場合は、婚姻期間や実質的な貢献度に対応して財産が分与されます(必ずしも単純にある財産を半分ずつという訳ではありません)から、現行の「相続法」が婚姻期間を問わず、一律に配偶者の法定相続分を1/2としているのは不公平感を招くことがあります。
そこで、実質的公平性の確保、また高齢配偶者の生活保障のために、配偶者の法定相続分を寄与度に合わせた割合に改正しようという検討がなされていて、部会は昨年6月、一定の婚姻期間が経過した夫婦の場合の配偶者の法定相続分を、現行の「配偶者2分の1、子2分の1」から「配偶者3分の2、子3分の1」などに引き上げることを柱とした中間試案を公表しましたが、これに対する公募意見で「引き上げの根拠が不明」などの反対意見が多数を占めたため、再検討し、上記のような案をとりまとめたようです。
遺産分割が難航する場合は、家族内の感情的な対立があることが背景にあることが多いわけですが、それだけでなく、遺産の内容として、現実に分割しにくく、かつ、家族の誰か(通常は残された配偶者であったり、障害を持つ子であったりします)の住居となっている不動産の評価額が高く、分けるのが容易で、かつ、誰もが欲しいと思う現金・預貯金が多くないという場合であり、こういうケースはかなりあります。
このような場合、子どもたちが法定相続分どおりの分割に固執すれば、最悪は、現に残された配偶者が住んでいる不動産を売却して現金化し、法定相続分で分割することをせざるを得ないこともあります。人生も終わり頃になって、遺産分割で子どもと対立し、そのあげく住み慣れた住まいを失うという悪夢のようなケースも現実にはあるわけです。
例)夫が亡くなって、法定相続人は妻と子2人、遺産は、評価額1000万円の住居と、預貯金200万円の合計1200万円相当という場合
現行の法定相続分は、妻1/2(1200万円×1/2=600万円)
子は各1/4(1200万円×1/4=300万円)
妻が住居を単独取得しようとすれば、差額400万円(=1000万円-600万円)の現金を子どもたちに代償として支払う必要
上記の報道では、「現在の制度は、配偶者が住居の所有権を得ると、財産評価額が高額な場合は遺産分割で他の財産を十分に取得できないことがあり、老後の生活が不安定になる恐れがある」としていますが、実際には住居を確保することすらできないことも多いのです。
そこで、今回の案は、婚姻期間が20年以上の夫婦で、被相続人が配偶者に住居を生前贈与か遺言で贈与していた場合には、それを遺産分割の対象から外すということで解決しようとしたわけですね。現行の相続法では、このように贈与された住居は「特別受益」(遺産分割の前渡し、的なもの)とされ、遺産分割に当たって、残された配偶者の相続分に含めて扱われることになり(「持ち戻し」といいます)、その評価額が、その住居も含めた遺産全体の中で1/2を超えるようであれば、他の遺産を受け取ることはできません。
そこで、今回の案は、持ち戻しを免除又は不要とすることで、残された配偶者は、贈与された住居に加えて、それ以外の遺産(現金や預貯金等)を法定相続分で取得できるので、住居だけでなく、生活保障も実現できるということになります。
ただ、その評価額がとても高くて、上記の例で、住居も含めた遺産の中で3/4を超え、子どもたちの遺留分(遺言でも侵すことができない、相続人の最低保障分のことで、通常相続分の1/2ですから、上記の例だと各1/8)も侵害するような場合、遺留分減殺請求との関係をどうするつもりなのか、がよく分かりません。現時点で開示されている部会の資料を私がよく理解していないせいかもしれませんが、この点は今後もう少し研究します。
もし、遺留分減殺請求があり得るとすると、子どもたちに価額弁償金を支払わなければならなくなるおそれがあり、そのお金の都合がつかない場合には、結局、その住居を売却せざるを得ない羽目になりかねません。
ただ、いずれにしても、残された配偶者の相続分の引き上げですから、昨年の案同様に反対意見が予想されます。
また、今回の案は、生前贈与か遺言で贈与したことが前提になりますが、現在でもなかなか生前にそこまで手を尽くす配偶者(多くは夫)は現実には少なく、これが立法化されるのなら、妻としては、夫にこのような遺言をするよう強く求めることが老後の夢を見るためにはマストになりますね。
もっとも、生前贈与や遺言をしても、その時点で婚姻期間が20年経過していない場合、いつ相続が開始するか(被相続人がいつ亡くなるか)は予測できないことですから、折角生前に手を打っていても、20年経過前に相続が開始したときには、空振りに終わる(生前贈与の場合は、基礎控除額が大きく異なりますから、損になるかも?)リスクも考えられます。
夫婦としては、自分亡き後、残された配偶者がせめて悪夢のような事態にならず、生活が成り立つようにできるだけ配慮してあげることが望ましいですし、そのために使い勝手がよい法制度にしてほしいですね。