預貯金は遺産じゃなかったの!?
2016.12.20|甲斐野 正行
今年12月19日、最高裁大法廷は、裁判所での審判で相続の取り分を決める「遺産分割」の対象に預貯金は含まないとしてきた判例を変更し、「預貯金は遺産分割の対象に含む」とする初判断を示しました。
このニュースを聞いて、エッと思った方も多かったかも知れません。亡くなった人の預貯金も、他の財産と同様、遺産じゃないの?と。
もちろん、亡くなった方の財産という意味では「遺産」であることは間違いないのですが、ここでは、裁判所での遺産分割審判の対象となるかどうか、という意味です。
遺言がない場合、遺産分割は、法定相続分は法律で決まっていても、具体的な財産をどう分けるかは、相続人で協議して決めることになり、協議で決まらないと、裁判所での調停・審判という手続で分け方を決めることになります。ところが、従来の家裁実務や最高裁判決の中では、預貯金は法定相続分に応じて当然に分割される、という考え方をしていましたから、預貯金については、遺産分割手続をするまでもなく、法定相続分に応じて各相続人に帰属する(例えば、100万円の預金で、相続人が2人なら、当然に50万円ずつ取得する)という建前になっていました。
これは預貯金に限らず、分けることが可能な債権(売掛債権や報酬債権など金銭債権が典型的です)一般についてそのように考えられていたのです。
ただ、実際には、特に預貯金については、遺産分割の対象に含めないと不公平や不都合なことが多いため、相続の話し合いや家庭裁判所での調停・審判では、遺産分割の対象とすることについての相続人の合意があることを条件に、預貯金を含めて分け方を決めるケースが多く、今回の最高裁判決はこうした実態に沿う形に見直したということです。
もっとも、民法は、明治時代に作られた当時、あるいはその後も長い間は、債権も遺産分割の対象となるという考え方をとっていたようで、民法912条1項は、「各共同相続人は、その相続分に応じ、他の共同相続人が遺産の分割によって受けた債権について、その分割の時における債務者の資力を担保する」と定めており、債権が遺産分割の対象となることを前提としています。にもかかわらず、なぜ、債権は法定相続分で当然分割ということになっていたのでしょうか?
債権というのは、債務者に払える資力がないと、ただの紙切れです。つまり、債権は、債務者の資力によって財産的価値が変動するわけで、民法912条で担保責任があるとはいうものの,遺産分割で債権を取得することになった人が不利益を被ることについては変わりないので,そのリスクを共同相続人が平等に負担すべきであり,遺産分割の対象財産とならず,相続分に応じて分割債権をそれぞれが取得するとするのがよい、損害賠償請求権の場合,往々にして債務者の資力は保証の限りでないので,共同相続人に早く支払を受けさせた方がよく,当然分割帰属説を決め手として事件を処理すべきだ、というような配慮が背景にあったようです。
確かに、債権一般論としては、そういう考え方も一理あるのですが,逆に、債務者の懐具合を心配する必要がない場合、つまり、預貯金や国債等の有価証券の場合には、公平な遺産分割という意味では、遺産分割の対象とするのが望ましいという指摘ができ、実際にもそのような批判があったのです。
そして、今回の大法廷判決に至るまでも、最判平22年10月8日・民集64.7.1719頁が、「定額郵便貯金債権は、相続開始と同時に当然に分割されることなく、その最終的帰属は遺産分割手続によって決定される。」とし、最判平26年2月25日・民集68.2.173が、「ア.委託者指図型投資信託の受益権は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない。イ.個人向け国債は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない。ウ.株式は、相続開始と同時に当然に相続分に応じて分割されることはない。」としており、流れとして今回の判例変更は必然であったと思われます。
ただし、これは現時点の経済状況による面もあり、債務者である銀行等がバタバタ倒れるような経済状況になったら、また変わるかもしれませんが。
【終】