著作権①-宝塚スカピンと「紅はこべ」重版出来!
2017.04.05|甲斐野 正行
昨日 書店で本を物色していたところ、東京創元社・創元推理文庫の「紅はこべ」新版と銘打って置いてあるのが目にとまりました。
帯には、今年3月から宝塚大劇場で始まった、星組公演「スカーレットピンパーネル」(「紅はこべ」を原作とするブロードウェイ版ミュージカルを宝塚が上演権をとったもので、ヅカファンの間では略して「スカピン」というらしい)の主役コンビ(これがトップお披露目の紅・綺咲のお二人)のコスチューム写真が。
「紅はこべ」はもう古典といってよい作品で、懐かしいな、今更新版か?と思って、一冊手に取ると、その下には置いてなく、その一冊だけでした。奥付をみると、別に新しい翻訳ではなくて、私が持っている旧版と同じ訳(西村孝次氏)の第39版でした。カープ初優勝など思いもしなかった1970年初版であり、前回の第38版が2010年ということですから、7年ぶりの重版ということのようです。
7年も版をかけてなくて、折角重版かけても、書店に一冊しか置いてないのか、と不思議に思い、ヅカファンの家内にその話をしたところ、宝塚大劇場や日比谷の東京宝塚劇場の売店で平積みしてれば大量に捌ける、という指摘でした。実際、今公演のチケットの売れ行きは良いようで、普段なら、チケット絶賛発売中?ということが多い宝塚大劇場でも、既に全日チケットが完売状態(流石に地元民なら当日行ってサバキを買えば入れるかも?)ですから、ファンはご贔屓のために競って原作本を購入するでしょう(一人一冊では済まさないところがファンの凄いところですし)。
東京創元社もそこを目当てに重版をかけて、重版したものはほとんどそっちに流しているのでしょうね。
前回38版の2010年は何があったのか?と思って調べると、案の定、2010年月組公演でスカピンがかかっていました(霧矢・蒼乃コンビのこれもトップお披露目。ちなみに、ブロードウェイ版スカピンの宝塚初演は2008年星組の安蘭・遠野コンビ主演)。
どうも2010年以降スカピンを宝塚でかける度に「紅はこべ」も重版出来!するようです。2008年の初演時に37版をかけたのかは資料がないので分かりませんでしたが、家内によると、初演が大当たりしたそうですから、そのときに「紅はこべ」も連動して売れて、東京創元社が、これはイケルと気付いたのかもしれません。
ところで「紅はこべ」の作者は、ハンガリー出身で、イギリスで活躍したバロネス・オルツイ(オルツイは英語読みでは「オークシー」だが、日本ではオルツイの方が通りがよい)。バロネスはファーストネームではなく、爵位である「男爵」の女性形で、男爵の妻という意味ではなく、女性自身が男爵という爵位を持つのです。最近は「女男爵」という言い方をするようになっていますが、これだと女なのか男なのか分かりませんね。オルツイは、ミステリーファンには「隅の老人」の方がお馴染みでしょうし、オルツイの名前が今後残るのも「隅の老人」の作者としてかなあ、と個人的には思っていますが、「紅はこべ」も今回で39版もかかっていますし、劇として各国で何度も上演され、日本では宝塚のお陰で、今後も何年かおきにスカピンの再演とその度に「紅はこべ」重版出来!があると見込めますから、むしろ作者にとってはこっちが親孝行な子ではないかと思います(筒井康隆さんにとっての「時かけ」みたいな)。
しかし、オルツイは1947年11月12日に亡くなっていますので、これはとうの昔に著作権は切れてるよなあ、と思って調べてみると、結構わかりにくい。
日本の著作権法では、著作権の保護期間は、原則として、著作者が死亡してから50年を経過するまで、より正確には、死亡してから50年を経過した年の12月31日まで存続するとされています(著作権法51条2項、57条1項)。ただし、映画に関しては、2004年に公表後50年から70年に延長されています(同法54条)。
問題は、外国の著作権です。
「文学的及び美術的著作物の保護に関するベルヌ条約」(以下「ベルヌ条約」)等の国際的な著作権条約が結ばれていて、その加盟国が守るべき最低限の期間(ベルヌ条約では著作者の死後50年間)が定められていますが、条約で定める保護期間よりも長い保護期間を各国の国内法で定めることは可能であり、1990年以降、EU(脱退したイギリスも)やアメリカなど多くの国で保護期間を死後70年とする改正をしています。日本でも、70年に延長しようという声が強くあるのですが、現状は50年のままです。
では、日本と違う保護期間を定めている外国の著作権はどうすればよいのか?
「紅はこべ」にイギリスの70年が適用されるとすると、オルツイの死後70年目の今年12月末日まで保護期間があることになります。
しかし、ベルヌ条約では、保護期間の異なる国の著作物を相互に保護する際のルールとして、いずれか短い方の期間をそれぞれで保護すればよいとしています(相互主義といいます)。
すると、オルツイは(ハンガリー出身ですが)イギリスで活躍した作家なので、イギリスでは保護期間が70年ですが、日本国内でイギリスの著作物を使うときは、相互主義上、保護期間が短い日本法の50年間保護すれば足りるので、オルツイが亡くなった1947年から50年経過した1997年12月末日で日本国内での保護期間が切れることになるはずです。
ただし、ここでもう一つ思わぬ伏兵。
1941年12月8日の日本の宣戦布告から1951年のサンフランシスコ平和条約締結までの約10年間は、日本と交戦状態にあった連合国の著作物は実質的に著作権が保護されていなかったということから、サンフランシスコ条約に基づいて制定された「連合国及び連合国民の著作権の特例に関する法律」4条により、1941年12月8日から日本と当該連合国との平和条約の効力が生じる日の前日までの期間を通常の保護期間50年に加算して保護するものとされています。「戦時加算」という制度です。
イギリスも連合国でしたから、オルツイの著作物を日本で使用する場合、死後50年+約10年=約60年間保護されることになり、2007年くらいまでは保護期間があったことになります。
そうすると、もし、日本も保護期間を70年と改正していれば、オルツイの著作物は、日本国内でも、2027年までは保護期間があり、宝塚のお陰でオルツイの子孫も更に潤うことになったでしょうね。
なお、まだ翻訳の著作権の問題がありますが、これは次回。